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幼い頃から東京暮らしのイラストレーター・ちゃず。

結婚4年目の時、仕事に追われる東京での毎日に息苦しさを感じていたちゃずは、都会に住みたい夫を東京に残し、
単身で奄美群島・加計呂麻島に期間限定で移住することにした。夫婦円満での別居生活。
しかし、期間を延長してまで続いた移住生活も、残りわずか。

何度か訪れた奄美にすっかり魅了されていたのは、俳優の國武綾。
ちゃずがもうすぐ島を去ってしまうことを知り、ドキュメンタリー映画を制作することを決意。

集落の人びととの交流や美しい自然との繋がりが、ちゃずにもたらしてくれたものとは?
夫とちょっと離れて生まれた、島暮らしドキュメンタリー映画。

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introduction

はじめまして。監督の國武綾です。

鹿児島県の奄美大島。
旅行した時に大好きになって、いつか住みたいと思っていました。
大きく広がる空、青い海、美しい緑…「ああ、地球にいるんだな」と感じる場所です。

私は、10年間東京に住んでいます。
ある日のラジオで、奄美で期間限定移住中というイラストレーター・ちゃずさんの存在を知りました。

夫とちょっと離れて島暮らし中の、ちゃずさん。
島での体験が綴られた、ちゃずさんのInstagramでの“島暮らし漫画”に夢中になり、
著書の「イラストレーターちゃずの 夫とちょっと離れて島暮らし」(ワニブックス)も読みました。

2020年に入って間も無く、ちゃずさんが「あと2ヶ月で島を去ってしまう」ことを知り、
突発的にちゃずさんのドキュメンタリー映画を撮りたい!と思いました。

東京から飛行機で2時間半、奄美空港からしまバスで2時間、さらに船で20分。
辿り着いたのは、奄美大島の南端、加計呂麻島でしたーー

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production note

監督 國武綾

映画「夫とちょっと離れて島暮らし」には“公式SNS”があるのですが、特にInstagramにご注目いただいています。
この作品で追っているイラストレーターのちゃずさんは、人気インスタグラマーでもあるので、そのおかげです。

Instagramをほぼ使っていなかった私が“ちゃずさん”を知ったきっかけは、ラジオでした。
2019年1月、TOKYO FM『高橋みなみの「これから、何する?」』(2020年9月末放送終了)にちゃずさんがゲスト出演されていたのです。

きっかけは流れてきたラジオ

私は、広島県出身、東京暮らし10年目、俳優業の傍らアルバイトをしています。
ラジオを聴いたのはアルバイトの勤務中、そのとき働いていたのはクリーニングチェーン店でした。
決まった時間に出勤する、制服に着替える、タイムカードを押すことや、規則に沿った業務内容に強くストレスを感じてしまうので、全然向いてないなぁと思っていました。

同時に、東京での暮らしに息苦しさを感じていて「東京から離れたい…」と思う毎日でした。
人や建物の密度、星が見えない夜空に、窮屈さを感じます。

そんなある日のバイト中。
お昼のピークを過ぎた頃、ラジオからいつもと同じ番組が流れてきました。
いつもと同じように虚無感に襲われながらぼーっと外の景色を眺めていると、耳に入ってきたのは「奄美大島」という言葉でした。

あ、奄美大島。旅行で行って好きになり、いつか住んでみたいと思っていた奄美大島。
そして「期間限定で、移住中の…」という言葉。期間限定移住?

「イラストレーターのちゃずさんです」

ちゃずさんは、都会に住みたい夫を新宿に残し、単身で奄美群島の加計呂麻島に移住中。
イラストレーターとして活躍されているとのこと。

「そんな方がいるんだ!」「奄美在住の方の話が聞けるなんてラッキーだ!」と、ラジオに夢中になりました。

ちゃずさんの声がとてもいいと思いました。
めちゃくちゃ緊張されているのがわかったのですが、それでもちゃずさんの声は「生き生きしている人の声」でした。

南の島暮らしをするとそんなに楽しい人生が送れるのかなぁ…?

ラジオを聴いている間、ずっと高揚していました。
お客さんが洋服を持って来ても気もそぞろ、普段からできないクリーニング屋の仕事がさらにできなくなりました。

ちゃずさんの映画を撮りたい

帰宅後、すぐにradikoでちゃずさんのトークをじっくりと聞き直し。
ちゃずさんのInstagramとTwitterをチェック。
ちゃずさんの著書「イラストレーターちゃずの 夫とちょっと離れて島暮らし」(ワニブックス )を購入し読みました。

ちゃずさんのInstagramでは、日々更新される島暮らし体験漫画だけでなく、柔軟な線と鮮やかな色遣い、
他の誰にもつくれない世界で描かれる、ちゃずさんの絵をみるのも、楽しみになっていました。

それから間も無く、私は結婚しました。夫は映像作家。
偶然にもちゃずさんの夫の“けんちゃん”も映像作家です。
夫も私も奄美が気に入っていて、家の壁にはあらゆる場所に奄美の写真が貼ってあります。

しばらくした頃、ちゃずさんのInstagramの投稿で、“ちゃずさんの期間限定移住生活が残りわずか”だと知りました。
「ちゃずさんが島を出る前に、ちゃずさんのドキュメンタリー映画を撮りたい!」と突発的に思い、加計呂麻島へ向かいました。

私は映画を撮ったことはありません。監督をしたこともありません。
でも、どうしても今のちゃずさんを撮影したいと思ったのです。

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成田から奄美へ

映画の出演依頼をさせていただくために、加計呂麻島の「お食事処もっか」を目指します。映像作家の夫にも付いて来てもらいました。

成田空港からPeachで2時間半、ひとり片道7000円程。
奄美空港からしまバスで2時間南下、奄美大島の最南端の古仁屋港からフェリーに乗り20分。

加計呂麻島の港に着くと本物の“ヘイ兄さん”が、お食事処もっかに着くと本物の“マムさん”が出迎えてくれました。
ヘイ兄さんとマムさんは、ちゃずさんのInstagramや著書の登場人物。ファンとしては非常に胸が高鳴りました。
そして、とうとう、ちゃずさんに会えました。

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加計呂麻島・西阿室集落の夕日

打ち合わせが終わり外に出ると、目の前に広がっていたのは信じられないほど綺麗な夕日でした。
ちゃずさんの絵でもみていたし、写真を見たこともあったし、綺麗という情報は知っていたけれど、想像をひょいと超えられました。

ちゃずさんを初めてカメラで撮る

そこにやって来たちゃずさんに、私は初めてカメラを向けました。手に持っているカメラはCanonのXA-20。
このカメラで撮影し、ドキュメンタリー映画をつくります。

この瞬間は一生覚えていると思います。自分の頭の中だけにあったものが、実現された瞬間です。

ちゃずさんから、
「すっごい嬉しかったです…ラジオ(をきっかけに)、ありがとうございました。」
と声をかけてもらって、あの時クリーニング屋で働いていてよかったなぁと心から思いました。

生まれて初めて、iPhoneでもないビデオカメラで撮影をしました。
宿で撮影した素材をチェックすると、全然上手に撮れてなくて、カメラで撮影する難しさを痛感しました。

しかし、何がきっかけで何が始まるか、本当にわからないものです。
少なくとも、ちゃずさんの映画をつくっている今の私は、あの時クリーニング屋にいた私よりも、とても楽しそうだなぁと思っています。

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西阿室集落で初めての撮影
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カメラで撮影したちゃずさん